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って思うほど頭のネジがゆるくて痒いけどたまにはいいかなっていつもそんなんですけどポスト。
本を読むなら今だ、と思う瞬間が本を読んでいる時に訪れることがあって、たとえば5分前。 ブローティガンの「芝生の復讐」を読んでました。読了はしてない。 一文一文がゆっくり頭に馴染んでいく感じ、脳に今電気の信号が通っているなという感じがあって、それは文章を理解する上で非常に大切な体験と経験だと私は過去の、体験と経験で知ってる。 会話はそうじゃない。もっと簡単な言葉で、条件反射のように、ダイレクトに反応してしかるべき行動です。私はたぶん会話もできる。条件反射のように。 でまたそれと別にゆっくり本を読むこともできる。速読というのには憧れるけど、まだ私にはできないな。 ある程度複雑な何かができる、ということは、とりもなおさず、何かが好き、そうしたいと思っていることとイコールじゃないかと考えていて、その上でそれが成される。 趣味のようなことですよね。楽器を弾いたり、ハードルを跳んだり、本を読んだり、料理をしたり、まあそんなような。 自分を何かに向かって拓くことで何かに対するスキルを体得できる。だから、何が言いたいのかというと、なんでもできる人は、いろんな方向に愛があるんじゃないの?って私が勝手に仮説を立てているし、私もそうあれかしと願っています。 私は自分を日常のルーティーンにはめることがそれすら習慣になるくらい、癖になっているんですけど、その日常の時間から転がり落ちるとこういう芒漠としたことを考えます。 そのためにルーティーンが必要なのか。私はルーティーンが好きなのか。知らねえよね。 って感じのことを渋谷で考えてる。
放置しすぎであろうと思い再びブログの稼働を試みる冬の晩です。
大変なご無沙汰をしております。てか私のこと覚えてる人おんのけ? 日記書いてないあいだ何をしていたかというと、仕事は仕事。休みの日はトイレ掃除とニート。でまた仕事。そんな感じ。 なにかの画像を拡大して、それを拡大したまま印刷して、それをそっと机の上に広げたみたいな、密度の薄い、やりこなす、ルーティンワーク的日常、このように生きていけるんだなということを学ぶという点においてのみ有意義な、要はどうしようもない日常、ほんとうに、「日常」と呼んで差し支えのない日々を過ごしていました。 まさか嵌まるまいと思ったのにアニメ嵌まったりしたし。謎だね。 あとツイッターをやる頻度が上がったり下がったり、まあこのブログよりは確実に上がってた記憶のある日々です。 ベースは変わらず町田康の詩をなにかにつけて思い出すようなそんな毎日の中で、まあ仕事も、ある程度経験積んで、先々どうするかって話になったり、人生において何をやらなければ後悔するかをもう一度考えた挙げ句、大きな目標を設定したもののとりあえずお金のなさに愕然としたりとか、一文が長くてすみません、そんな風な机上の空論的日常を淡々とこなしています。 スザンヌヴェガの来日公演(場所がギロッポン)を見つけたのが最近一番興奮したことかな。予約はまあ、しましたよね。ビルボードライブ東京って行ったことなくて楽しみですね。 先日、ブログ怠けてる間にまた一つ年をとったわけなんですが、おかしなことに、あるいはまったく自然なことに、年を重ねるにつけ、しっくりくる感が強くなります。私が今私として、見た目や中身をもって存在していて、そこに年齢という移ろうオプションが付いているわけだけど、そのオプションが年々、私のいまのあり方に対して、自然になじんでいくんですよね、そしてそれは、一言で言うなら、私が昔から老けてたということね。 だから年を取るのは嫌いじゃないし、肌がどうの、体型がどうのってだんだんがなり立てられるんでしょうけど、若くないなら若くないなりの魅力というものを見つけられないような奴に用はないんですよ。 そしてそれはまた、若くないなりの魅力を自分で認められないような奴にも用がないということとイコールでありえます。 若いなりの魅力、過渡期の魅力、若くないなりの魅力というのは全部並列のものとして私達は手に取るべきだと私は思っていて、それぞれ一番得意な分野がみんなあると思う。で私は多分若くないなりの魅力という部分について訴求できるのかなって今から思っています。 ありきたりなこと言ってごめんなさいよね。 お久しぶりでした。
自分でいましみじみと思って愕然としましたけど、私、もうこのサイト、開いてちゃだめなんじゃね?
見よこの意味のわからない、人を嫌な気分にするポストの海!山!河川敷!!くそファック! 生きててごめんなさい!!! せめてブログだけにした方がいいんでないかという案を検討しながらまだちょっと放置します。 ごめんなさいよね。 そんな私はスザンヌヴェガの「Days of Open Hand」がまったく今再生が止まらないです。なんかこう不毛な工業地帯みたいな音楽、べつにインダストリーとかメカニックな音とかそういうんじゃなくてほんとに人をまったくハッピーにも悲しい気分にもさせないフラットな音楽っていうのが確かにあって、それかといってBGM的な、流れていく音楽ではなくて、人の心を河で言ったら瀞みたいなところに流していってくれるようなちょっと禅ぽい存在感。 本人はそう思って作ってないのかもしれんけど、私は英語はわかりませんけど、こんな極東の屁のつっぱり程度の日本人に彼女の音楽が必要とされたという結果によって、物流ってすごいなあという結論に達するよ。若干、結論が無茶かな? 「Institution Green」という曲で、選挙をするための建物へ選挙をしにいくっていうだけの歌詞なんだけど、投票ブースみたいなののカーテンの閉め方を係の人が教えてくれて、投票をして、「それが済んだら 私はお払い箱だ」って歌詞、和訳ね、が頭の中ガンガン回る。 今日帰り道で5分くらい家族について考えてました。 母親は、持病の調子が悪くなって、自転車に乗れなくなって四ヶ月くらい経った。それってよく考えたら、悲しいことじゃないんけ? って思ったけど、涙とか別に出なかった。 良い意味でも、悪い意味でもなく、自分に子供がいたら、どんな風にかわいいんだろう? ってこれは本当に純粋な好奇心としてたまに考えます。ブチ殺してやろうと思うような瞬間とかも多分いっぱいあって、それがどの程度本気でこいつまじで許せんってなるのか?みたいなこと。 こないだ私の働いてるとこに仕事の帰りだつって友達が来て、私服で、収容所に入れられた人みたいな格好してて、「あなたイワン・デニーソヴィチみたいだね」って言ったら「誰?それ」って笑いながらかぶってた帽子取ってた。もう一人きた友達は足の指が五本に分かれた靴を履いていて、私はものすごくそれが欲しくて、今も欲しい。なんてことを考えながら、なんて意味わかんないことを思い出してるんだろうなあと思って、明日も仕事だし、寝てきます。 最近また地震が多いですね。
意味わかんないポストになってしまいました。
日本語で意思の疎通をはかることを諦めずにやっていきたいです。とりあえずこのポストでは諦めてます。 ガガ様のボーンディスウェイを購入。ラルクのグッドラックマイウェイを購入。9mmのムーブメントと本を購入。シネマスタッフのシネマスタッフを購入。 原始の感覚のいろんな側面をちょっとずつタッチ&ゴーされる楽しい毎日。 しかしながらなんかミーハーな感じがぷんぷんとしていて、そんな中ボルヘスの砂の本を購入するもあまり読むスピードが早くならない。ムツカシイヨー。基本、実話ベースに大ボラ吹いてるはずなんだけど、どこらへんから大ボラなのかがよくわからない。 自分の正しいスケール感を獲得するのが思春期と青年期を終えた大人のすること。そしてそこに到達するまでに10年も20年もかかるわけは、私がまあ頭が悪いということもありますけど、自分のクソさを冷静にがっかりして見ることができるように、心を沈殿させるための時間ではないでしょうか? だからなんですか? という一文で知れる通りまた気持ちがダウニー。そうアメリカン。 日記書こうとするとちょっと気持ちがダウニー化する不思議だね。大したことないですけど。 頭の中に架空の四畳半を作りたい。インテリアどうこうではなく、その中で私がどう生活するか。泥臭い理想の生活、快適な部屋、日がな一日ボリスヴィアン。 ちょっとずつ泥になりそうな、なっていくような、なってしまったような、腐ったような暮らし、「泥水の出ない暮らしありがとう」ってシロップの五十嵐さんが歌っていたらしいよ、素敵だね。 膝、足の裏、たなごころって読んで掌って書くんですよね。エキスパンド。 すべての人の人生を羨ましく思う。私は徹底的にだめになっていったら、逆になんかなれんのじゃないかと思うような茫漠とした感じで、最近は恐怖すら感じる。毎日暑いし。
普段はおラルクさんあまり追いかけれてない私だって、ラニバ行った後ぐらいラルク熱は上がるんですよ。
そしてからのチケットの抽選でしょ。今日が当落発表でしょ。 もうなんかサーバの当落発表みたいになってっけどリロードにつぐリロードで結果見るよね。 いや、久しぶりだよね。全部落選っておまえねじり切るぞ!!! というか全部落選もなにも、平日しか行けない私は名古屋しか行きようがないんですよ。私、東京住んでますけど、日帰りで名古屋行って帰って次の日また仕事っていうそんなパターンでもいいって思ったのに、なんなの?来んなってことなの??って、ひさびさに血の気がサーッと重力に負けて落ちていくような感じを味わって、逆に血圧上がりましたけど、まあ、今後に期待しようと思います。 ぜんぜん関係ないんだけど吉岡徳仁大先生の時計が出る。 まるで水から切り取られたかのような時計、吉岡徳仁デザイン 16800円て徳仁プライスにしてはハンマープライスと思うんだよね。欲しいなー。7月かーー。 それにしても、この時計はもはや、「デザイナー」の作った「プロダクト」の域を超えてしまってるんじゃないのか?いや紛れもなく「プロダクト」ではあるんだけど、素材ありきのコンセプトモデルがそのまま世に出ているようなそんな気もする。気もするし、「プロダクト」っつわれたときの、使いやすいとか、形の意匠とか、そんなもんを超越してしまって、単なる一番シンプルなスケッチをそのまま具現化したみたいな… でもシンプルなスケッチの中の形の方が、逆に今の世の中にはないものだし、あったら欲しくなる。 って書いてたらリアルに今寝てたのでほんとに布団で寝てきます。 おやすみなさい。
職場が異動になり、これで三回目の異動です。いつも異動のたびに通る道ではありますが、疲れきってガチで休みの日一日寝潰したりしながら私は元気です。
夜とか足が棒のようになっててしゃがむのが辛い。自宅に専任マッサージ師をくれ、ってそれマッサージチェアのことか。そこでニーズが生まれるのか。なるほどね。 まあ、なるようになっていくものです。 最近ツイッターにばかり顔を出すようになってしまい、こうなることは予測できたからこそツイッター怖い怖いと思っていたのですが、日記ってどうやって書くものだったかしら。 この間ラニバ行ってきたんだす。土曜日だけね。 で、私はなんだかんだ言ってハイドが好きなので、ハイドに関して携帯にいろいろアツいことを書いていたんですけど、一言で言うなら、自分の切り売りの仕方を完璧に理解したなと思いました。 ミュージシャンとか、ボーカルとか、バンドとか、なんかそれもそうなんだけど、もっと大きな意味で、パフォーマーになったなあという感じ…自分の一挙手一投足に人がどれだけ歓喜するか知り尽くした上で、それをコントロールする力を持って臨んだステージなんだなって思ってました。勝手に。 本当に私はポジティブな意味で書きますが、すばらしいビジネスマンでした。でしたというか、これからもそうあるのでしょうけど。 そしてもっと言うなら、前からハイドはその境地に辿り着いてて、いまさら何を言ってるか、このスカタンが。と思われる向きもおありでしょう。でもこないだ初めて私はそれに気付きました。それまではあまりVAMPSとか触れてなかったもんで。 と、なんかここから勢いつけていろいろ書こうと思ったんだけどもう寝ないとリアル明日仕事に遅刻するので寝ます。 って書いた瞬間の自分の社会参加できてる感に自己満足。
気分が塞いでしまってどうもね。
原発のことは看過できないけど家に目貼りして閉じ籠るわけにもいかない。 原発に賛成してきた人たちや利権を守ろうとする人たちに怒る気力もない、まずいんだろうけど。 「心平らかに過ごしていたい」って友達が言ったのを昔聞いて、最近はそれを思い出しています。 知ってしまったことに対してそれを無視できない。である以上心の平安なんて些細な希望も実現するのが難しい。つらいところですね。 至近なところでは仕事で異動の話が出ており、今いる職場には1年くらい置いてもらっているので家みたいになっちゃって寂しいなあと思って、異動やだなあって言いまくってます。大人げないことこの上ないよね! ほんとに気分が晴れない。私の中のドーパミンがんばれ。 落ちててごめんなさい。
まあ、話題って言ったらこればっかですが。
地震があった時は仕事してました。 職場の出入り口のドアをストッパーで止めて開けているんだけど、それがぐらぐらになってドアが閉まりそうになるのを支えながら、もうちょっと揺れがアレになったら、ドア放って逃げようと思った。 しかしながら、地震とは地面が動くことなんだなあと、ドアストッパー見ながら思っていました。 「あ、地震だ」から、「宮城沖大地震」になり「東北関東大震災」になって「東日本大震災」に名前が変わっていく過程を見ていました。つまりそれは、日常が切り離されて、完全な「災害」となるまでを見ていたということです。 言葉によって定義されたとき、その「災害」がもたらす空気というか、みんなの中の認識の違いというか、なんかそういう、非日常にスイッチする感じが明確になる。明確になるけど具体的には何したらいいかわからなくてとりあえず物を買う。という流れだったのかな、と、見ていて思いました。 あと今回は政府の対応がどうこう言う声がすごく多い気がするな。ツイッターやってるから、それが噴出する現場を見ているだけなのかもしれませんけど。 ぽぴー
休みの前の日に一人で飲んで帰るパターンができつつあります。
お店の選定がむつかしいです。 それなりに遅くまでやっていて、ある程度ごはんが食べられるけど、同じくらいの力の入れ方でお酒を置いているところ。いわゆるバーみたいなガチでお酒を置いているところはちょっと本気出してごはん食べてるとなんかおかしい気がするし、ガチでごはんを出しているところでゆったり飲んでいるのも変だし、って周りを気にしている私って間抜けだなあ、とメタに自分が見れる自分を演出している私あほみたいだなあ、と…以下お察しください。 迷うと最終的にHUBです。でもあすこ閉まるの早いんだよな。 で最近アイリッシュウィスキーが好きです。詳しいことはわからないけどあまりきつくない感じです。飲みやすいの大事ですよね。でもストレートは若干飲むのに勇気がいるのと値段のわりに損した気持ちになるのでいつもロックです。なんとかの一つ覚えってやつです。 しかしながら最近は花粉症の対策に薬を飲んでいて、薬を飲むだけだと眠くなったりとかはないんですけど、どうやら酒を飲むと猛烈に来るのではないかという仮説。 3杯かそこら飲んだだけで、帰り道チャリなんですけど、眠気がやばすぎて、多分漕ぎながら寝ててそっちの方がやばい。30分漕ぐので、眠いっつったらその30分耐えないといけないもんで、つらいんですわ。 このパターン続けてるとちょっと死にそうな予感(交通事故的な意味で)がするので、飲むのは地元にした方がいいのかなあと考え中です。 ほんとなんかこう気が滅入ってきたのでおしまいにします。 なんという日記!
大岡越前を見ながら打ってます。
最近はね、レディガガさんを聴いていますよ。テレフォンがお気に入りです。 まあ大体どれも歌詞がわからないんだけど、何回聴いてもアレハンドロって曲が、アレハンドロってうざい男が「つきまとわないで」って女の人に言われるって歌詞にしか思えないんだよね。多分違うんだよね。って思ってます。 「あれはんどろー あれはんどろーー あれあれはんどろ あれあれはんどろーー」ってところがお気に入りです。 板尾創路の「板尾日記」読み終わって知ったことは、彼の名前は「いたお そうじ」じゃなくて「いたお いつじ」だったことです。失敬失敬。 「砂渡しジジイ」昔ロッキンオンジャパンで見てて気になっててつべで見てみました。 場末のカラオケみたいでいい曲。コンセプトが好きです。 エッセイみたいな本を読んでいて、何かしら「ああ、そう思うんだね」ってちょっと驚くことがあります。板尾日記はそのちょっとした驚きが結構ありました。それは私の頭が固いからかな? だらだらしながらテレビでやってた「グラスハウス2」見てしまった。 ミュンヒハウゼン症候群の里親の話、母親がだんだんはっきりクレイジーになってくのがアメリカンでした。 しかしミュンヒがサスペンスの題材になるんだね。 この日記、誰も得しないな。 と思ったのでポストしてしまいます。
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